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LNJ Logo フランス暴動の背景に社会的格差の広がり
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News Item 20051123m3
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佐々木です。

飛幡祐規(たかはたゆうき)さんの11月22日付け「先見日記」を転載します。 フランスの若者たちの今回の「暴動」の原因は、民族差別問題だけではなく、新 自由主義経済による社会的格差の広がりにあることを指摘しています。

なお、飛幡さんは、11月8日15日付けでもこの問題を論じています。

http://diary.nttdata.co.jp/calendar_200511.html

転載、ここから
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Nov 22
飛幡祐規

抵抗の時代
パリにて

 先週からぐっと冷え込んできたせいもあって、フランスでの若者たちの「暴動」 はほとんどおさまった。日本ではとっくに忘れられた事件だろうけれど、いくつ か書き加えておきたい。まず、この事件を移民の子孫たちのフランス社会へのイ ンテグレーション問題とだけ捉えるのは誤りだということだ。「ゲットー化した 貧しい郊外」に移民系の住民が多いことは事実だが、団地には「白人」のフラン ス人も住んでいるし、出身別に明確なコミュニティーが形成されていることはめっ たにないから、これらの団地を「移民のゲットー」に単純化してはならないと思 う(トルコ系と中国系は例外的に、かなりコミュニティー意識が強いようだ。ま た、5月に南仏のペルピニヤンで、移動生活者ロマとマグレバンのあいだに殺傷 事件があったが、これも例外的だ)。前にも書いたように、徒党を組む若者たち は、民族よりも出身地区にもとづく同族・なわばり意識に規定されている。それ に、国家から見捨てられた同じ貧しい地区に住んでいるからこそ、一部の「白人」 住民の差別意識がいっそうかき立てられる面もあるといえよう。極右の国民戦線 やサルコジ内相をはじめ保守政権は、彼らの日常的な恐怖感や嫌悪感にとり入っ て「治安」をふりかざしているのだ。

 破壊を行った若者がアフリカ系だけではなかった証拠に、今回逮捕された中で、 今のところ最も厳しい4年の懲役を宣告された青年は「白人」だった。フランス 北部のアラス市で臨時雇いとして働く彼は、カーペット店と車に放火したことを 白状したが、前科のないふつうの青年だ(外出する前に、夕食の皿洗いをしたと 北部の地方紙は伝えている)。仲間と外でおちあい、エスカレートした場の雰囲 気に押し流されて火炎瓶を投げてしまった、というようないきさつらしい。

 かつての炭鉱・鉄工業地帯であるフランス北部は、ベルギー、ポーランドなど、 まずヨーロッパ各地からの移民が住みついた地方だが、今では「先住民」も移民 の子孫も失業にみまわれている。この地方で逮捕された若者の半数以上は、肌の 白いフランス人だと報道されている。肌の色だけでなく、どこに住んでいるかで も若者たちは差別されるのだ。それにしても、負傷者のない放火事件で懲役4年 とは、異常に厳しい「見せしめ」の刑だ。赤字会計を偽造したりして工場を閉鎖 する悪徳経営者は、解雇された何百人もの従業員の人生を破壊しても刑務所に行 くことはないが、法は財産を破壊する者に対しては厳しい。

 サルコジは3000人近くの逮捕者について、「75〜80%は既に悪事を働いた若者」 と決めつけたが、各地の大審裁判所の判事は、大多数は前科をもたないと報告し ている。イスラム過激派もいなければ、親分格の麻薬のディーラーもひっかから なかった。つまり、緊急事態法など適用する危機はどこにもなかったのに(そし てそれはすぐにわかっただろうに)、政府は状況を劇的に演出して人々の恐怖感 をあおったような気がする。おまけに、暴力を働いた若者たちと「移民」や「外 国人」を混同した文脈を使って、移民政策をますます厳しくする意向だ。「暴力 は(アフリカ移民の)一夫多妻制が原因」というめちゃくちゃな発言をした大臣 と与党議員までいる。移民政策研究者のパトリック・ヴェイルが「移民の家族呼 び寄せ措置はすでに厳しくコントロールされているから、一夫多妻は一部の現象 だ。若者たちの不満感の原因である社会的要因や政策の不備・失敗を棚にあげて、 スケープゴートをつくっている」と指摘したように、こうした発言にはNPOや左 翼から強い非難が上がったが、テレビなどで大々的に暴言が流されると(反論が あとで報じられても)、一部の人々の頭に虚偽のイメージが刻まれてしまう恐れ がある。

 先週、若者たちの暴力の原因のひとつは、「消費者」として以外は社会でまっ たく不要な存在にされたからだというラッセル・バンクスの指摘を紹介したが、 16日付のリベラシオン紙には、ピエール・ヴィダル=ナケ、クロード・リオジュ ら歴史学者の意見が載った。ますますアグレッシブな資本主義が構造的に、社会 状況の悪化を生んだという指摘だ。貧しい郊外での暴力の爆発は、もとをただせ ばネオリベラル経済による社会的格差の増大が原因なのだから、問題を民族化せ ずに、世界規模で解答を見つけていかなくてはならないと述べている。「少年た ちの暴力は、この資本主義の粗暴な価値観の内面化にすぎない。彼らはなぜ公衆 電話ボックスを破壊し、自分の携帯電話(コミュニケーションの私企業化の象徴) を壊さないのか?」(http://www.liberation.fr/page.php?Article=338679)

 社会から排除されるのが移民系の若者たちだけでないことは、パリの街を歩け ば(高級ブティック街以外では)ホームレスを必ず見かけることからもわかる。 そのほとんどは「白人」で、近年とみに若者や女性が増えてきた。フランスには 住居を持たない人が約20万人(路上生活者は10万人)いると推定されている。パ リの路上には常時1万〜1万5000人が生活し、2万〜3万人は一時宿泊施設に寝 泊まりしている。アルコールや麻薬中毒、精神的障害を抱える人も多い。

 今年フランスでは2件、小児性愛犯罪の大きな裁判があった(1件は現在再審 議中)。いずれも地方都市郊外の貧しい団地が舞台で、幼児・乳児相手の近親相 姦が中心の集団暴行・レイプだ。加害者の圧倒的多数は読み書きや弁論が不自由 な「白人」で、失業者や臨時雇いなど社会から排除された人々だったが、テレビ とポルノビデオは持っていて彼らの生活で大きな位置を占めていた。こうした事 件にも、消費者として以外には不要になった(でも、思うように消費できない) 者の暴力が、もっとも身近な弱い者に向けられる図式が見えないだろうか?

 移民やその子孫だけでなく、ここ30年で社会から排除される人はどんどん増え たと思う。かつての労働者は収入が低くても、労働組合や共産党の地域ネットワー クによる連帯に支えられ、人間の尊厳を得ることができたが、働く者は競争や臨 時雇いの導入でますます個々に分断され、失業者は孤独に援助金を待つことしか できない。そのあいだにテレビや広告が垂れ流す消費モデルに汚染され、それ以 外の価値観に出会う機会もない。自信と尊厳を喪失した欲求不満の人々は、スケー プゴートを目の前にちらつかされると飛びつきやすい。こうして、排除された者 どうしで憎みあうことになる。殺し合いになる前に、なんとかしようではないか。

あんまり暗い「先見」ではうんざりだろうと思って、11月18日にオープンしたコ ンテンポラリー・アートの美術館に行ってきた。自宅からちょっと足をのばした 南の郊外、ヴィトリー・シュル・セーヌにできたヴァル・ド・マルヌ県立現代美 術館 MAC/VALだ。1990年に県議会で美術館設置が決定されてから、15年を経てよ うやく実現した。スタッフには地元の若者たちを雇い、地域に根ざした文化活動 をめざしている。オープニングの週末は無料公開だったので、寒い中を大勢の人 々が列をなしていた。その前の週末は、同じく南郊外のマラコフの市立劇場に足 を運んだ。今月は、ロレーヌ地方にあった大宇の家電工場閉鎖で解雇された女性 たちの証言を戯曲にしたフランソワ・ボンの作品『Daewoo』が上演されていて、 その週末は工場や工場閉鎖をテーマに、ボンと数名の作家、演出家などによる朗 読のパフォーマンスが催されたのだ。かつて労働者の町として共産党の勢力が強 かったパリ郊外では、このように今でも、文化やアートをとおして民主主義を育 て、より人間らしい社会をつくろうという考え方が残っている(セーヌ・サン= ドニ県にもさまざまな企画がある)。人々のつながりと「共に生きる」理想が失 われると、それもテレビと消費の大喧噪にかき消されてしまうが、この国にはも う傑出した知性がいなくなっても、まだ抵抗者があちこちにいる。

 P.S. 21日月曜の晩から、フランス国有鉄道で民営化反対などを理由にストが始 まった。リベラシオン紙も大量解雇に反対で22日からスト。今週はそのほかメト ロ、教師のストも予定されている。

ここまで
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Created by staff01. Last modified on 2005-11-23 17:49:05 Copyright: Default

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