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世界社会フォーラム2002報告会(ATTACジャパン)
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世界社会フォーラム2002報告会(ATTACジャパン)


 2002年3月9日(土)労働スクエア東京(八丁堀)で、ATTACジャパン主催の「第2回世界社会フォーラム報告会」が行なわれた(参加60名)。世界社会フォーラムは、先進国の多国籍企業経営者や政治家・官僚・マスコミによって構成された世界経済フォーラムが新自由主義的グローバリゼーションを追及してきたのに対し、「もうひとつの世界は可能だ(Another World Is Possible)」と考える世界中の社会運動・労働組合・NGOメンバーが21世紀とともにはじめた草の根カウンターサミット。今年で二回目になる世界社会フォーラム(WSF)は、ブラジル・ポルトアレグレ市で1月31日から6日間開催され、世界中から6〜8万人が結集した。日本からは、ATTACジャパンのメンバー数名などがワークショップを開くなどして参加した。


第二回世界社会フォーラムの歴史的意味

 ATTACジャパン事務局長の田中徹二さんによると、1999年シアトル反WTO闘争から本格化した世界の反新自由主義グローバリズム運動は、とりわけ第一回世界社会フォーラム(2001年1月)以降に飛躍的に運動を強化・ネットワーク化し、2001年8月の社会運動メキシコ国際会議(ブラジルの労働組合CUT、世界的な農民運動ビアカンペシーナ、国際資本移動規制を求めるATTACフランスなどが中心)では、新自由主義に対抗する「世界的な社会同盟」を建設することが決意された。ところが、9・11とその後の米国などの「テロとの戦い」を名目とした社会運動への締め付けにより、この国際ネットワークに危機が訪れていた。ニューヨーク・マンハッタンで開催された世界経済フォーラムに対抗し、現在の経済政治体制へのオルタナティヴを議論する第二回世界社会フォーラムの成功は、こうした危機を克服し、国際的な反新自由主義の運動の再出発を宣言するものとなった。


反グローバリズムと反戦・平和の出会い

 さらに重要なのは、「報復戦争」による試練を経て、反新自由主義の運動が反戦・平和運動と結びつかなければならないことが明らかになった。第二回世界社会フォーラムの主要イベントでは、アメリカやイスラエルによる軍事攻撃への批判が相次いだ。そうした議論は、主として第三世界の社会運動とそれと連帯する先進国の運動によってリードされた。中でも、アフガンやパレスチナの草の根団体代表なども参加したアジア反戦会議が発表した、「帝国主義グローバリゼーションと戦争に反対する」声明が注目される。それは、国際資本の利益と大国による国家テロとの関連を現場で起きている紛れもない事実から告発するものであった。


WSFの全容〜その多様な顔〜

 第二回WSFには、労組・NGO・社会団体など約5000団体から、51000人の登録者、35000人の傍聴参加者が、130カ国から参加した(500の新聞社などからジャーナリスト2400人)。西欧と南米が多くを占めた第一回WSFとの比較では、北米からの参加者がかなり増えたこと、そして女性の参加が飛躍的に増えた(なおアジアからの参加はインドを除いて相対的にはまだ少ない)。公式ホームページへのアクセス件数は、一日あたり55万件に上った。
 WSFの正式プログラムは24の会議からなり、国際貿易から労働・環境・ミリタリズムまで多様なテーマで議論された。その他に、参加団体が独自に主催するセミナー・ワークショップが700以上開催された。WSF自体は何らかの統一見解を発表する場にはなっていないが、参加団体が自主的に参加者に呼びかけて独自の声明・提言を発表することは保障している。とりわけ、「世界の社会運動からのよびかけ〜新自由主義・戦争に対抗して社会的公正と平和を〜」を発表した反グローバリゼーション会議に注目が集まった。
 WSFタイアップ・イベントは、初日のポルトアレグレ市内の巨大デモ(6万人規模)、40カ国から1200人の革新的国会・地方議員(ブラジル労働者党やイタリア共産主義再建党ほか、日本からの参加なし)が参加した世界議員フォーラム、12000人の若者が世界中から集まり不安定雇用の問題などを討議したユースキャンプ、WSF開会式会場で連日夜通し行われた社会派ミュージシャンによる国際ライブ、ブラジル労働者党ルーラ大統領候補演説会、などであった。ATTACジャパン事務局次長の秋本陽子さんによると、世界議員フォーラムは、アフガン軍事侵攻や「テロとの戦争」の世界化、そしてWTOのローカル版であるFTAA(米州自由貿易地帯)構想やコロンビア・プランなどの軍事的支配に抗議する決議を採択した。


自ら政治権力を握る〜ブラジルから「もうひとつの世界」への道を学ぶ〜

 首都圏青年ユニオンに所属する大屋定晴さんは、自ら撮影してきたビデオの報告をした。興味深かったのは、ブラジル・ポルトアレグレ現地の社会+政治運動の独特の強さであった。市長、州知事、そして最も人気のある労働者党大統領候補の演説内容は、資本のグローバル化に対するオルタナティヴを示そうとするもので、新自由主義者が政界を支配する日本では考えられないほどラディカルでかつ人間味のあふれるものであった。驚いたことに、世界社会フォーラムはポルトアレグレ市・リオグランジドスル州の共催で行なわれ、したがって初日の巨大デモの映像には警察の姿は見られなかった。大屋さんによると、80年代初頭から民主化運動の中で、社会的・普遍的な要求を掲げて闘ってきた労働組合(CUT)と労働者党(PT)が、IMF構造調整との闘いの中で財政への人民直接参加や失業者との連帯経済などの革新的プログラムを追及し、それが1990年代以降も広範な人々の支持を獲得した強力な労働運動・労働政治を持続させ、今日の反グローバル運動を中心的に担っているという。資本のグローバル化に対抗する労働運動は世界中にあるが、その具体的方策を実施するために権力自体を自らコントロールしている点で「もうひとつの世界」に一歩近づいている、そんな印象をうけた。


CTTを財源に労働者の権利守り、南北連帯で貿易を変えよう

 国際金融資本規制に関する会議では、グローバル化する資本の流れが、投機行為や資本逃避・空洞化などを通じて民主的経済政策の余地を狭めていることに対して、国際金融取引課税や海外直接投資課税などのいわゆるCTT(Currency Transactions Tax)を適用し、それを財源とした民主的経済政策や債務問題の克服が議論された。フィンランドの研究者パトマキ氏は、CTT国際条約私案を作成し、新自由主義の推進者であるIMFや米国の影響力が強い国連ではなく、独自のCTT機構を作り上げてCTT加盟国を運動によって増やしていくことが、グローバルな民主化の契機として重要だと主張した。
 国際貿易に関する会議では、南アフリカ貿易ネットワークからの発言者が、WTOは世界貿易を3割拡大させたが、その間に南米・アフリカのシェアは激減したことを報告し、「貿易は社会的・経済的な権利、人権、環境への配慮を満たすものであるべきだ。そのために規制の方向を立て直す必要がある」と述べた(翻訳:ATTACの南恵さん)。またWTOに労働・環境基準の底上げを期待する先進国の一部労働運動などにある考えに対し、「私たちは、南の労働・環境基準を向上させたいと考える北のキャンペーンは、非常にバイアスのかかったWTOや政府を通すのではなく、南の労働組合と直接連帯し、サポートすべきだと主張したい。それが労働者が闘い労働基準を上げることを最も確実にする方法だからだ。WTOは、労働・環境基準を向上させる組織ではなく、これらを後退させていく組織なのだから」と主張した。


新しい労働運動が世界を変える

 労働に関する会議では、新自由主義的グローバリゼーションが先進国でも途上国でも失業を増大させ、賃下げ・権利低下を全般的にもたらしてきたことに対して、労働運動が中心となって世界的社会的公正の運動を築く展望が議論された。会議に参加した全国一般東京(FLU)の清水政夫さんによると、南アフリカ中央労働組合(COSATU)やブラジル中央労働組合(CUT)の代表は、労働組合が普遍的な要求をも掲げて世界的・社会的公正を実現する広範な連帯を築くこと、そのためにインフォーマルセクター・非正規労働者の組織化がめざされるべきことを強調した。またフィリピン女性世界行進(WWM)のパネラーは、家庭でも労働市場でも低位に位置づけられてきた女性が、新しい労働組合の潮流を形成しなければ「もうひとつの世界」はあり得ないと主張。これらを踏まえて新しい労働運動潮流の発展に向けた提案が出された。
 ATTACジャパンが主催したワークショップでは、全労協全国一般などの代表が、民営化に闘ってきた労働組合、国鉄や郵政の労働組合の闘いを報告した。国労闘争団の田島省三さんは、WSFには是非行きたかったのだが紹介してもらえてよかった、ILO条約違反など日本の労働問題をもっと海外に発信する必要がある、と語りました。


2003年世界社会フォーラムに向けて

 2003年第三回WSFはブラジル・ポルトアレグレで、2004年第四回WSFはインドで開催される。今年からWSFは地域レベルにも拡張し、2002年10月〜12月にかけて大陸レベルの社会フォーラムを開催する予定だという。日本ではワールドカップ開催の時期にあわせた諸行動が当面の課題となる。
 最後にレイバーネット日本からの参加者の質問に答えた田中さんは、次のWSFへは実行委員会をつくって幅広く参加を呼びかけていきたい、特に労働組合メンバーや議員の参加が大切だと述べました。今回のWSFに参加した韓国民主労総の代表団は、無線通信機で組織的な通訳体制をもって会議に参加して、日本からの参加者を感心させた。それは、命や権利を奪われまたそれを取り戻そうとしている世界の人々と自分たちとを結び付けようとする意思の現れだと思う。日本の労働運動にもその意思が問われているのではないだろうか。


※WSFで議論されたテーマは実際には非常に多岐にわたっていて、諸提案もかなり具体的なレベルに至っています。以上で紹介できたのはほんの一部にすぎません。雑誌『労働情報』(2002年3月15日号)がWSF特集を載せています。ポルトアレグレ市の直接民主制的財政運営のあり方も分かります。(問い合わせ:03-3837-2542)。

※WSFに参加してきたATTACジャパンの青年と、日本でWSFをリアルタイムに報道してきたレイバーネット日本の青年が、第二回世界社会フォーラムのドキュメンタリービデオを共同製作することになりました。ビデオ『もうひとつの世界は可能だ〜世界社会フォーラム2002レポート〜』(仮名)を乞うご期待。問い合わせ



文責:JNK(国際部)


Created byStaff. Created on 2002-03-17 01:54:23 / Last modified on 2005-09-05 02:58:46 Copyright: Default

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