派遣予備校講師は行く・2話 | |||||||
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第2話 付け焼き刃特訓始まるの巻 新戸育郎 (2008年3月23日掲載・連載の一覧はこちらへ)
《デモシカ教師特訓》 さて、模擬授業だが、今度は10分くらいとのこと。国語がメインの仕事ということになったので課題も国語だ。原稿用紙2枚程度の課題文をもとに、読解の授業をやるのである。20分ほど準備のあと、また例によって架空の教室で職員を相手に架空授業をする。 ひととおりしゃべり終えて、「そうですねえ、もっと大きな声は出ませんか。語尾ははっきりといってくださいね。バンショの工夫も必要です」などと注文が多い。番所だって? 歴史の授業じゃないんだぞ。よく聞いてみると「板書」なんだそうだ。教師にとっては常識かもしれないそういうテクニカル・ターム自体、私は全く知らなかった。 あとでもう1回やってくださいね。え〜、まだやるの? しばらく他の連中の模擬授業を聞き、時間が来たので再度トライをする。 「語尾をもっとはっきりさせましょうよ。それにデスマスはやめましょう。ソウダロ、コウダネ、という感じでしゃべれませんか」 小中学生に対して、デスマス体で話すのはよくないというのがここの考え方らしい。生徒に親しみを感じてもらうというのが趣旨らしいが、ともかく授業のテクニックを身につけた「新戸先生」でないと派遣先に送り出せないということなのだろう。 「指摘したところを直していただいて、もう1回お願いします」 まだやれっていうのかよ。ぐったり。最後の力を振り絞って、3回目のトライをした。 が、はい大変よくできました、とは言ってくれない。もう6時を回っている。昼前に朝昼兼用の食事を軽くとっただけの私は腹ぺこで声もでない。 「最後にもう1回だけやっていただいておしまいにしましょうか」 ナニーッ! まだやらせる気か。「もう体力の限界ですよ」「じゃあちょっと休憩して、食事でもしてきてください」 帰らせてくれそうにないので、仕方なく食事に出る。疲れすぎて逆に食欲が出ない。どんぶりを無理やり掻き込む。1回だけと思って集中する行為を4回もやらされると、体力的にはもちろん、精神的にひどく疲れてしまう。 やっとの思いで4回目を終えたが、「最初から比べるとずいぶんよくなりました」などといわれても、嬉しくもなんともない。いくらやっても架空は架空、本番とは絶対違うのだから。 ここまでしつこく練習をさせる理由があとになってわかった。この株式会社ゼニコから首都圏各地の進学塾へ講師を派遣するのだが、ゼニコが講師を雇ったからといってその講師はまだ正式に採用されたことにはならない。派遣先での評価が最終決定になるわけだ。 私が派遣されようとしているのは首都圏一円に20ほどの教室を持つ予備校、学校法人金福学園だった。この予備校では、採用試験代りに模擬授業をやるのである。その模擬授業に、(株)ゼニコで採用を決定した人物が合格してくれなければ、すでに立てたスケジュール等が狂ってしまう。だからゼニコとしてはどうしても「先生」にパスしてもらわなければならぬ。その模擬授業の課題が、実はこの日さんざん練習させられた課題と全く同じもの(ひょっとしたら内緒で入手したのだろうか)というわけだった。 翌日、金福学園の本部へ行って模擬授業を行なった。確かに問題は同じだった。当然合格ということになる。あとは各教科について、教科書をもらって、どのように進めるかの概略の打ち合せをした。が、教育用語(?)が出てくると私はちんぷんかんぷんである。しかし(株)ゼニコから「全く経験がないというのはちょっとまずいので、昔少しやったぐらいに言っといてくださいね」などといわれていたから、ド素人丸出しの変な質問はできない。 国語の担当者、「中2の国語はそうですねぇ、文法は1学期までで自立語は終っていますので9月からは付属語、助動詞に入ります。先生はもうベテランでしょうからおまかせしますが、ま、動詞型活用、形容詞型活用という風に入っていただいて、それから特殊活用、そして色々いり混じった形を教えるというような方向がいいのではないかと思いますが・・・・」。 ちんぷんかんぷん。 な、な、なんだって? 自立語? 付属語? そんなの中学で習った覚えは全然ないぞ。文法は嫌いではなかったから多少知識はあるが、「かろかっくいいけれ」や「だろだつでにだななら」は知っているが、動詞活用だの特殊活用だの、一体何のこと? 「あ、はい、そうですね。文法はなかなか面倒ですからねえ、ははは」なんて言いながら、冷汗たらたら。しかしここまで来てしまったらやらざるをえないし、ま何とかなるのではないか。我ながらほんとに楽天的である。そして翌々日から、早速授業は始まるのであった。 《初めての授業》 初めての日がやってきた。最初は金福学園田舎浜校。我が家からは電車を3回乗り換え、さらにバスで30分も行ったところにあるド田舎で、2時間もかかってしまった。拘束時間は7時から9時。授業の正味は100分である。クラスは中2の2クラス。50分の授業を2度行なう。この予備校は学力別にクラスを3つに分けている。上から順にA、B、Cの3つ。年に何度かテストがあって、その成績次第で本音むき出しの能力別ランク分けがなされる。国語中心のはずだったが、初めての授業は2Cと2Bの理科だ。 夏期講習後の初めての授業ということになるので、それまでの復習から入る。単元は電気。一応用意してきた復習内容を「板書」して、生徒たち一人ひとりに当てながら、これはどういう意味だった? この記号はなんだった? と確認をしていく。オームの法則のところの簡単な練習問題を解かせてみるが、「ねえねえ、Rって何だったっけ」などとおしゃべりをしているのを聞いて、あ、これは徹底的に基礎からやらなければ駄目だなと思う。これがクラス2C。 私も生徒の様子をうかがうが、向こうも新しい先生を試そうとしている。「電気は1極から2極へ流れるとあるね。ここの1と2とは?」「ええと、北極と南極かな、ははは‥‥」ここで先生はどう反応するかをうかがっているのだろう。あとで他の講師に聞いたら、「初めてでそういうことを言うんだったらまだいいんじゃないですか。私なんか最初は全然口をきいてくれませんでしたよ」とのこと。 だが次の2Bのクラスはよくなかった。クラス全体がざわざわしている。単なるおしゃべりだけならともかく、わざと先生を無視しようという態度が明らか。少々の注意ではきかないし、かといってしょっぱなからどなりちらすのも問題かと思って、やむを得ず進める。これがかえってよくなかったかなと、あとから思った。その後も態度の悪さは変わらなかった。ドカンと一発かますことが必要かもしれない。ただこの学校では、どのような理由であれ、体罰は絶対禁止である。生徒はそういうところを見越してわざと大きな態度をとっているのかも知れない。ドカンとやるのは一か八かの賭けだ。 演習問題の解説を丁寧にやっていたら、たちまち時間がなくなってしまった。50分というのは短すぎる。 準備は万端整えておいたとはいえ、初めての授業は冷汗たらたら。それに宿題をどう出すか、問題集はどうするか、「先生、連絡事項はこういう風に生徒に伝えてください」「終ったら日報を書いてください」「宿題の掲示をしますのでここに書いて」「それからタイムカードはこういう具合に・・・・」と、慣れればどうってことないのだろうが、やるべきことがいっぱいで頭がパンク状態。9時半頃まで雑用をこなして、また2時間の道のりをとぼとぼと帰るのであった。(毎週日曜更新) Created bystaff01. Created on 2008-03-22 19:02:12 / Last modified on 2008-03-26 23:34:50 Copyright: Default |