木下昌明の映画の部屋・39回 | |||||||
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●「胡同(フートン)の理髪師」胡同といえば、北京に古くからある路地裏の町並みのことで、多くは貧しい人々が住 み、再開発によって解体されつつある歴史の名残だ。 その胡同を舞台にした中国映画には「胡同模様」(1985年)、「こころの湯」( 99年)、「胡同のひまわり」(05年)などがある。その時代時代の政治に翻弄されつつ も、たくましく心優しく生きぬく庶民の姿が描かれていた。 ハスチョロー監督の「胡同の理髪師」も例外ではない。チン・クイという93歳になる 老理髪師の生き方を通して、北京五輪開催に向け熱に浮かされている中国の「表の顔」 とは裏腹の、もう一つの表情を浮かび上がらせている。 映画はフィクションなのだが、主人公のチンさんは、81年間、人々の頭を刈り続けて きた現役の理髪師であり、自分自身を演じたドラマでもある。だから、トップシーンで 老人のひげを剃るところなど、鮮やかな手さばきである。 狭い部屋に独り暮らしのチンさんは、朝6時に起き、毎日5分遅れる古時計の針を直 し、コップから入れ歯をとり出してはめ、そのコップの水で乱れた髪を整える。どんな に老いても身ぎれいをモットーとしている。昼は三輪自転車をこいで客の家を訪ねて散 髪し、帰りには老人仲間との麻雀が日課となっている。そんな彼のゆったり流れる時間 をカメラは淡々と追っていく。 チンさんの何気ない一言一言に味がある。客からチンさんが昔、有名人の髪も刈った 話題が出ると「有名人も金持ちも、人生は一度きり」と応える。自分の家に「解体」の マークをつけに来た再開発担当の役人の字が間違っているのを目にすると「いい加減な 仕事をするな」としかる。 そこここに職人の人生哲学が脈打っている。一見時代から取り残されたかのような老 人に寄り添うことで、逆に慌ただしい今の中国に、お前はどこへいくのか、と問うてい るように見える。(サンデー毎日2008年2月3日号) *映画「胡同の理髪師」は2月9日から東京・神田神保町の岩波ホールでロードショー ―――――――――――――――――――――― ●「接吻」 |