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歌わない権利を守ること〜カナダ国歌についての思い出(長谷川澄)
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歌わない権利を守ること〜カナダ国歌についての思い出

     長谷川 澄(カナダ・モントリオール在住)


    *当時の写真

今年41歳になった息子が小学校を卒業した時のことだから今から殆ど30年も前のことですが、日本の公立学校での国旗、国歌の強制の話を聞くたびに思い出し、日本の人に話したいと思うことなので書いてみます。

息子はフランスで生まれ、3歳の時に私達といっしょにカナダのケベック州に移民し、幼稚園と小学校はモントリオール郊外の公立で学びました。今は公立学校は宗教と関係が無くなりましたが、当時は教育委員会がカトリックとプロテスタントに分かれていて、無宗教の私達は宗教教育の殆ど無かったプロテスタント教育委員会の方の仏語学校を選びました。ケベックの仏語系住民は殆どがカトリックだから、プロテスタント仏語という学校に通うのは親が移民の子か、プロテスタント英語系住民だが、子どもに仏語で教育を受けさせたいと考える家庭の子どもでした。

全校生徒数が200人と少しの小さい学校でしたが、ある時、親の出身国の歌や詩を紹介する学芸会をしたら40カ国近い国が出てきたという学校でした。こういう背景の学校だからか、息子がこの学校を卒業する時の式では、カナダ国歌を歌いました(このことは後で説明します)。私は子ども達の席の後ろに用意された父兄席からその様子を見ていました。すると、起立して歌う6年生の中に一人だけ、着席したままの子がいるのです。

それで、休憩時間に、私のところに顔を見せた息子に「国歌を歌わない子がいるんだね、どうしたんだろう?」と聞いてみました。すると息子はすごい勢いで「ママ、そんなことを言っちゃいけないんだよ! 国歌を歌う歌わないは完全に個人の自由なんだから、そんなことで、何か言うのはとても失礼なんだよ!」と怒るのです。「いや、何か言ったんじゃなくて、どうしたのかなと聞いただけよ」と言っても「聞くだけでも駄目なの!どうしてなんて、理由を聞く必要も、理由を説明する必要もないの!」と全く、取り付く島もないのです。

それで、息子は自分の席に戻ってしまったので、私は何か呆気にとられて、ぼんやりしてしまいました。すると隣の席にいたお母さんが少し笑いながら「あれはきっと、歌わないお子さんの権利を守るために、先生が教室で皆に厳しく注意なさったんでしょうねえ。私が思うには、あのお子さんは多分、エホバの証人のご家庭の子なんだと思いますよ。エホバの証人は神の国は一つという考えで、国家を認めないから、国歌も歌わないと思います」と教えてくれました。

家に帰ってから、息子に,気を付けて言葉を選びながら経過を聞いてみたら、国歌の練習の時にその子が先生に話しに行って、先生は「もちろん歌わないで良い」と言ってから、皆に歌う歌わないのは個人の自由であること、だから、そのことで何か言ったり、理由を聞いたりしてはいけないと話し、その子にも「あなたが説明したければ、勿論、説明しても良いのだけれど、したくなければ答える必要もないのだと言ったことを話してくれました。勿論、校長先生も全部ご存知だったと思います。ステージの上にいた校長先生にはよく見えたはずですから。このことは私の中に強い印象を残しました。

それまで疑問に思うこともなかったカナダ国歌の歌詞もよく考えてみました。仏語の方は『おーカナダ、我が父祖たちの地よ』で始まるのです。例えばカナダ先住民の家族だったら、これはとんでもない歌詞かもしれません。我が父祖たちからだまし取った地なのですから。(先住民がカナダ国歌を歌わされることはないでしょうが、先住民以外の人と結婚して、リザーヴの外で生活していればあり得ることです)。そう考えていくと、どこの国の国歌でも、国旗でも、それに反発を覚える人は必ずあるはずだと思うようになりました。だから、国歌や国旗がある限り、それを歌わない権利、敬意を表さない権利を保障することは非常に大事なことなのだと心から納得しました。


    *写真=現在のカナダの小学校

その時から15年くらい経って、日本で国旗国歌法が通った時、日本は大変なことになるのではないかと感じました。案の定、瞬く間に強制が始まり、今に至っています。他の国で、国歌や国旗がどんなふうに扱われているかを日本の人はもっと知るべきだと思います。

私は3年前に退職するまで、30年以上、大学で日本語を教えていたので、その間、何回も自分の学生たちに小学校やハイスクールで、国歌を歌ったかを聞いてみました。カナダのケベック州出身の学生は学校で歌ったことがあるという学生は殆どいませんでした。私の子どもたちの通った学校は移民の子が大部分だったために、国歌を教える意味もあって、卒業式に歌ったのかなと思います。カナダの他の州から来た学生には卒業式で歌ったという人も何人かいました。しかし、多くは歌ったような気がするけれど、はっきりり覚えていないと言うのです。しかし、米国出身の学生は大抵、いろいろな機会に学校でよく国歌を歌ったと言っていました。

中で一人、カナダ人だけれど、親の仕事の関係で、ハイスクールを米国で過ごした学生は、米国旗を揚げる時、胸に手を当てるのがとても嫌で、自分はカナダ人だからそうしたくないと先生に言い、学校から親に電話がかかってきたけれど、両親も本人がそう言うなら本人の意思を尊重してくださいと答えて、自分はしなかったという経験を語ってくれました。米国でも、拒否する権利は守られているようです。今回、これを書くにあたって、今はどうなっているのだろうと思い、今、小学校や中高校に通う子を持っている人たち何人かにメールで聞いてみました。

ケベック州では、やはり卒業までに一度も歌わなかったという答えばかりでした。ケベック州は公用語が仏語の州で、独立を望む人たちもいる州だから、カナダ国歌を歌うことは微妙な問題になるのかもしれません。バンクーバーで公立小学校の先生をしている方からもお返事をいただいて、その方の学校では週の始めの月曜日に毎週、校内放送で、国歌を流し、子ども達も歌うということでした。そして、集会などでは歌うことも歌わないこともあるけれど、そいうことは全て、校長の判断であること、他の学校ではどんな時に歌うかを校長が職員に意見を聞くところもあると言うことでした。

カナダではケベック州も含めて、学校では校長の権限が強く、大抵のことは校長の判断で決めるようです。教科書なども担当の先生が選んで、校長が許可すれば良く、私の子どもたちの学校では英語の先生は6年間、教科書は使わず、童話など、先生の選んだものを使っていました。

兎に角、日本では、『外国では、、、、』と言うとき、その外国は米国のことが多く、他の国とは大分様子が違うことも多いのです。色々な国で、国旗や国歌がどう扱われているか私も知りたいと思います。歴史的背景を考えれば、私も「君が代」や「日の丸」に全く敬意を表することは出来ませんが、一番大事なことは歌いたくない人、敬意を表したくない人の権利を守ることだと思います。


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