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黒鉄好のレイバーコラム「時事寸評」第17回
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            第17回(2013.11.4)

闘いは報告こそ大事〜成果の共有を進めよう

 少し前の話になるが、まったく同内容のメールによる集会・デモなどの行動の事前案内を、複数のメーリングリストに流す行為(いわゆる「マルチポスト」)に対し、「案内を熱心に流すが報告をしない人が多い」と苦言を呈する人が現れ、ちょっとした議論になった。レイバーネットのメーリングリスト上で行われた議論で「運動の事前案内もいいが、もっと報告にも力を入れるべきだ」と主張する人に対し、「それでも集会・デモなどの事前案内を流してくれる人はありがたいし、マルチポストになってもいいから情報が欲しい」と思っている人のほうが圧倒的多数を占めたことに、私は今さらながら驚かされた。私は、運動の事前案内を流すエネルギーの一部でもいいから報告に向ける人がもっと増えるべきだと思う。

 確かに、手間暇だけを言えば、運動の事前案内を流すのに比べて、報告を書くのは数倍の面倒さがある。参加者数や発言・表現内容、会場の様子、政治的意義や問題点などを把握する必要があるからだ。近年では写真や動画が欲しいという要望も多くなってきた。運動の報告を書くのには一定の力量が必要だし、漫然と参加していたのでは読者の要求する水準を満たすことはできない。それに比べれば、運動の案内メールは時間や場所、行動の大まかな内容さえ把握すればよいから、事前案内に注意が向きがちになるのはやむを得ない面がある。

 しかし、極端な言い方をすれば、報告が行われない集会やデモは、それがどんなに大きな意義を持つものであっても、参加者以外の人にとって何もなかったのと同じことだ。一生懸命がんばっているのに成果が見えないと、「あの人たち(団体)は何をやっているんだろう」という疑問や不信につながり、やがてはどうでもいい「小さな差異」が気になって仕方なくなり始める。そうしたことが長く続けば、やがて運動は縮小・衰退の道をたどる。日本の運動がかつて経験した分裂に次ぐ分裂は、案外そんな小さな芽から始まっていったのではないかという気がする。

 近年の反原発運動が成果を上げたのは、「明治公園に6万人集まった」「20万人が官邸前を占拠した」と徹底的に報告に努めたからだ。闘いの成果を「可視化」できれば、小さな差異など気にならなくなり、団結の機運が生まれる。「次はもっと集めてやろう」という意欲や、運動エネルギーをこれまでのような遠心力から求心力に変える原動力につながっていくのである。

 国鉄分割民営化当時の被解雇者として国鉄闘争を闘った佐久間忠夫さんは、「報告が大事だ。敵に打たれたら打ち返せ」と折に触れ強調している。私自身も、行動に参加したらできる限り報告は書くように努めてきた。あらゆる行動、闘いが報告され、みんながその成果を共有できれば、個人も運動体も政治的に鍛えられる。運動を行ったら報告を重視する方向にあらゆる運動体が変わる必要がある。それも、できるだけ多くの人が成果を共有できるよう、大勢の人がアクセス可能な媒体で報告を行うことが望ましい。

 事前案内が重要でないというつもりはないが、少々厳しい言い方をすれば、集会・デモの開催情報など、自分で能動的に調べるくらいでないと、1%の敵がメディアを使って行う圧倒的な宣伝を前にして、政治的に押し流されてしまう。自分以外の誰かが待っていれば情報を流してくれる…そうした古き良き時代は、原発事故とともに終わりを告げたのだ。

 あらゆる人たちに見える形で闘いの報告が載ることは、敵にもプレッシャーを与えることができる。最近流行のテレビドラマのように、悪いヤツには「倍返し」ができれば理想的だが、そこまで行かなくても、打たれたらきちんと報告して打ち返す習慣をつけることは、必ず明日に向けて、飛躍につながる。

(黒鉄好・2013年11月4日)


Created bystaff01. Created on 2013-11-04 11:09:33 / Last modified on 2013-11-04 11:12:03 Copyright: Default

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