黒鉄好のレイバーコラム「時事寸評」第11回 | |||||||
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第11回・<緊急寄稿>金正日総書記の死去報道を読み解く金正日・朝鮮労働党総書記の死去の報が流れた。だが私はこのニュースを聞いても全く驚かなかった。 12月13日に朝鮮中央テレビ女性アナウンサー、リ・チュンヒ(李春姫)氏が50日以上ニュース番組に出演していない、という報道が日本のバラエティ番組で面白おかしく取り上げられているのをご記憶の方も多いと思う。民族衣装を身にまとい、激しい抑揚で北朝鮮政府の公式見解を内外に向けて発表するあの女性アナウンサーである。いつの頃からか、日本のテレビでもすっかりおなじみになった。 私は、このニュースを見た直後、半分冗談、半分本気で連れ合いにこう言った。「こんな恐いことを憶測でネットなんかに書けないけど、金総書記死去なんてニュースがそのうち年内か年明けくらいに流れるかもしれないよ」と。 ●明らかな「予兆」 予兆はあった。11月末頃、なんとなくネット動画投稿サイト「ユーチューブ」を見ていた私は、あるひとつの動画にたどり着いた。それを見た私は衝撃を禁じ得なかった。今年秋、平壌で行われた北朝鮮のある公式行事で、壇上にいる金総書記の衰弱ぶりが尋常ではなかったからだ(何の行事か覚えていない上、そのネット動画も今うまく探せないが、時期から判断して9月9日の建国記念日か、10月10日の朝鮮労働党創建記念日のどちらかだと思う)。 その際の金総書記は、お年寄りが階段を上るときのように手すりにつかまりながら登壇し、虚ろな表情で拍手をしながら、終了後も手すりにつかまりながら退場した。金総書記が倒れないよう、すぐ後ろに立ち、不安な表情で見守る朝鮮人民軍幹部の姿も映し出されていた。金総書記が手すりにつかまりながらでなければ通常歩行すらできないという事実は、私に「これはもう長くないかもしれない」と思わせるに充分だった。 その上、冒頭で紹介したリ・チュンヒ氏の50日以上にわたる不在。これが私の「直感」を増幅させた。 ●リ・チュンヒ氏の不在が意味するもの リ・チュンヒ氏が10月中旬から50日以上にわたって北朝鮮のニュース番組に登場していない――この事実に日本で最初に気付いて国内メディア向けに配信したのは財団法人「ラヂオプレス」だ。この団体は、もともと1941年に外務省が設置した「ラヂオ室」が前身で、戦後は財団法人として外務省から切り離された。主として情報統制の厳しかった共産圏のラジオ放送を傍受し、その記事を翻訳・解説して日本国内のメディアに流す通信社である。若い人にとっては初めて聞く名称かもしれないが、ソ連・東欧の社会主義体制が崩壊するまで、閉ざされた共産圏の情報を日本に配信できるほとんど唯一の通信社として独特の存在感を発揮していた。 国内メディアはせっかくこんな貴重な情報の提供を受けたのに、日本の女子アナのスキャンダルを報じるような感覚の下にバラエティ番組で面白おかしく取り上げるだけに終わった。東西冷戦が激しかった1960〜80年代には、「ソ連のラジオでニュース番組が突然放送されなくなり、代わりにクラシック音楽が流され始めた」という情報から「党書記長死去」を読み解くなど、ラヂオプレスが流す情報から言外に含めたメッセージを理解していた日本のメディアも、すっかり情報分析力が退化し、今回、ラヂオプレスが言外に含めたメッセージの解読すらできなかったようだ。 北朝鮮のアナウンサーは「放送員」と呼ばれ、役職が上のほうから順に「人民放送員」「功労放送員」「放送員」の3種がある。「放送員」は事実上のヒラ放送員である。政府の重要方針、最高指導者の動静、重要な国家的行事の生中継といったトップクラスの放送は人民放送員が担当する。人民放送員の多くは朝鮮労働党員である。これに次いで重要な放送は功労放送員が担当し、それ以外の一般ニュースは放送員の担当である。1994年に金日成主席が死去したとき、その放送を行ったリ・サンビョク氏も人民放送員だった。リ・サンビョク氏はその後死去しており、現在はリ・チュンヒ氏が事実上トップ放送員だというのが北朝鮮ウォッチャーの間での一致した観測だった。今回、金総書記の死去をリ・チュンヒ氏が担当したことは、この観測を裏付けるものだ。 極端な言い方をすれば、北朝鮮では「ニュースの重要度は内容ではなく、誰がそれを読むかによって決まる」といえる。メディアは単なる政府の宣伝機関に過ぎないのだから、こうなることは当然の帰結である。人民放送員が担当する放送は、北朝鮮国民ならよくそれを聞いて政府の方針を理解しなさい、ということである。 その意味で北朝鮮のメディアは「いつものニュースキャスターが休暇を取っていれば代わりに別のキャスターが読めばいい」という日本のメディアとは根本的に違う。日本のメディアがこうしたスタイルを取るのは、「ニュースの重要度は内容にあり、誰がそれを読むかによって決まるのではない」ということが社会的合意となっているからである。 こうした状況の中で、リ・チュンヒ氏が10月中旬以降、50日以上も朝鮮中央テレビに登場しなかったという事実は重要な意味を持つ。人民放送員が担当すべき重要な放送が50日以上にわたって行われないということは、すなわち50日以上にわたって北朝鮮では重要な国家的決定が行われず、最高指導者の動静もなかったということを意味する。金総書記の身に何かが起きているのではないか――ネット動画で見た金総書記のボロボロの健康状態とあいまって、そうした直感がふと私の頭をよぎった。連れ合いに向かって発した私の冒頭のひとことは、こうしたことを根拠にしていた。 「一葉落ちて天下の秋を知る」という中国の故事成語がある。わずかな兆候をキャッチし、それを正確に分析できれば事の本質に迫れるという意味だ。情報を統制し、真実を明らかにしようとしない相手を知るには、こうしたわずかな兆候を捉えることが必要である。残念なことだが、こうした技能は今後、既存メディアが壊死しつつある日本でも確実に必要になるだろう。情報隠しに明け暮れる東電対策にもこの方法はある程度有効である。 ●北朝鮮は今後どこへ? 不確実な東アジア情勢の中で、北朝鮮が今後どこに向かうかを予測することは難しい。総書記の三男・金正恩氏がその後継者だというのが北朝鮮政府の「公式見解」であろうが、公式発表されている正恩氏の経歴によれば彼は1983年生まれである。まだ20代の正恩氏に歴史上最も困難な状態の北朝鮮の舵取りが務まるとはとても思えない。しばらくの間は集団指導体制となるであろう。 党、軍、政府各機関を掌握していた金総書記の死去によってこれらが全くバラバラに活動し始めることがないとはいえない。特に朝鮮人民軍は「党の私兵」という位置づけのまま半世紀以上にわたって活動してきた。金日成主席〜金総書記時代には「党」とは事実上主席や総書記個人を意味しており、「党」を失った朝鮮人民軍が何者にも統制されない暴力装置として他の全階層の上に君臨するという事態は避けなければならない。 日本が取るべき道は決まっている。冷静に東アジア情勢を見る必要がある。軍事挑発に挑発で応えてはならない。困難な情勢にある北朝鮮は、瀬戸際外交を繰り返しつつも、最後は対話に応じる以外に道はないと悟るであろう。その時のために対話の窓口を開けておくべきである。国交回復を目指すべきことは言うまでもないが、国交のない相手でも非公式の対話チャンネルならいくらでも設置できる。感情に走らず粘り強い対話を呼びかけ続けることが大切である。 現状では北朝鮮の核開発はそれほど大きな問題ではない。日本の支配層の代弁機関である商業メディアの空騒ぎに付き合っていたずらに敵対姿勢を取ることは慎むべきである。もとより核開発・保有は人類道徳に挑戦する野蛮な冒険であり非難されなければならないが、原発からの放射能汚染水を海に投棄した日本が北朝鮮に核放棄を迫っても笑いものになるだけだ。残念ながら日本には現在その資格はなく、野田政権は福島原発事故を収束させるほうが先だ。北朝鮮に核放棄を迫る役割は韓国が果たせばよい(中国・米国はみずからも核兵器保有国であり、自分が先に核軍縮の姿勢を見せない限り北朝鮮を説得するのは無理だ。北朝鮮に核放棄を要求する資格を持っているのは、みずからは核兵器を保有せず、同じ民族・同じ言語・同じ文化を持つ韓国のみであろう)。 過去の侵略戦争と植民地支配の謝罪をしない国を相手が信頼などするわけがない。北朝鮮に対しても、戦争責任を日本がきちんと取ることを忘れてはならない。 <参考文献> (黒鉄好・2011年12月19日) Created bystaff01. Created on 2011-12-20 08:36:36 / Last modified on 2011-12-20 08:42:39 Copyright: Default |